夢と希望と(虹原太助)

戸田ゼミコラムのアーカイブです。このコラムはすでに連載を終了されています。

2007年08月

オリンピック産業の本命  ~佐藤工業株式会社~   
                                                    
「一九六四年の東京オリンピックまでは心配なしというのが
土木・建築会社の合言葉。
さしずめ”地面にでたモグラ師”といえるトンネル専門の佐藤工業は
今や土木建築に大活躍である。
そこで株の方はというと ……

1.見合い材料になる会社の株価
佐藤工業株式会社が店頭売買を開始したのは、
一昨三十四年十月十四日であった。
こんにちでこそ建設ブームの脚光を浴びて、だいぶ世間に名を知られてきたが、
なにしろ社名から受ける感じがボーバグとしていて、
いったい、何をつくっている会社なのか見当がつかない。
証券会社のセールスマンのなかにも、
つい最近までこの会社の名前を知らない者が多かったのではあるまいか。

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2.若い娘さんの不安
そういう私自身も、ひょんなきっかけがなければ、
この株に注目することにはならなかっただろう。
それというのは、いつも私の家に遊びにくるある娘さんが、
佐藤工業の若い技術者と見合いをしたのである。

『佐藤工業?』」
耳新しい名前だったので、私はききかえした。
『トンネルやダムをつくっている会社なんです。
株価で言えば、三百三十円くらいです』
とお嬢さんは答えた。

私はすぐに株の新聞を持ち出してきて、その名前をさがした。
ある、ある、店頭のところだが、資本金三億円、株価は親株と新株と二つあって、
だいたい、三百二、三十円前後。
『で、見合いの結果は?』
『土建屋さんというのは、現場の仕事が多いし、
事故で怪我をしたり死亡したりする率が高いんですの
『怪我や事故死は自動車に乗っていてもおこるものだよ。
結婚をする前から未亡人になった時の心配までしていたら、
とても結婚なんかできやしないぞ』

その次にお嬢さんがやってきた時に、私はまたきいた。
『その後の経過は?』
『ううん』とお嬢さんは首をよこにふった。
『あの人ね、一緒に銀座を歩いていても、建物ばかり気をとられて、
うんこれはよく出来ている、これはまずいな、と言って私のことなど
ちっともかまってくれないんですもの。
いまからあんなじゃ、行く先が思いやれれるわ』
『それはいい話じゃないか。
仕事に気をとられている男の方が女に気をとられている男よりも安全だぜ。
君に気をとられている男は、やがてほかの女性にも
気をとられる可能性があると考えるべきだからね』
                                                                         
女房も私も、結婚の対象としてはそういう男をえらぶべきだとさかんにたきつけた。
しかし、若いお嬢さんはやはり建物に夢中になる男よりは
自分に夢中になってくれる男の方がいいらしい。

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3.娘さんが実行したこと
その後、二人の結婚話はどうやらお流れになってしまったが、
私はそういう熱心な技術者を抱えた会社に何となく気をひかれた。
調べてみると、佐藤工業は本社が富山市にあって、
北国の土建会社という感じがしないでもないが、歴史が古く、
なかでもトンネル掘りや地下鉄工事では業界でも定評があるらしい。

私は日本産業界の未来図というものを頭にえがいていて、
今後、産業が発達するにつれて、鉄道や道路、
わけても自動車用の道路をひらくようになるだろう、
その場合、日本は山の多い国だから、
トンネルまたトンネルをひらいて行かなければならない、
この会社などはまだスケールが小さいが、
本州に中央横断道路をつくるようになれば、
今後十年間、おそらく不景気知らずだろう、と自己流の判断をくだした。

その後、株価に注意していると、株価が値を消してきたので、
十一月の末に二百九十円で新株を買って、
つぎにお嬢さんがきた時にそのことを言うと、
『あら、じゃ私も買うわ』
『結婚をやめたのに、どうして株を買うの?』
『結婚をしなかったから、せめて株を買うのよ』

そう言って彼女は佐藤工業の新株を千株買った。
まもなく、株価は二百四、五十円までさがったが、年が明けると、
新旧合併になり、倍額増資が発表されて、株価は三百五、六十円がらみになった。
四月になると、彼女の持株は千株から二千株になり、
株価は二百円前後にわれた。

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4.成長株をじっと待つ
それから数ヶ月間、保合い(小借幅の上り下り)がつづいたが、
夏になると株界に建設株ブームがおこり、佐藤工業の株は、
百七十円を底値として上昇をはじめた。
三百五十円がついた時、私は半分を処分した。
コストは百七十円だから、半分売ればあとの半分はただ勘定である。
ところが株価はさらに上昇を続けて四百円がついた。
たまたま金の必要なことが起こり、いくら何でもという気持もあるので、
あとの半分を四百円で売り払った。
また三百五十円をわったら全部買い戻すつもりだったが、
実際に私が買い戻した値段は四百九十円から五百円のあいだであった。
株価はさらに上昇をつづけ、現在では(十二月十七日)五百七十八円、
新五百六十七円がついている。

途中、一度手離したために、私は千株につき十二万円ばかり
余計に金を払わされたが、お嬢さんの二千株は
コストが二十九万円プラス払込金五万円の三十四万円だから、
なんと時価にして八十万円の評価益が出ているのである。
成長株をじっと持っておれば、いかに大きく報いられるかを物語るものであろう。」

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今回から佐藤工業株式会社が登場して来ます。
先に登場した千代田化工建設株式会社、今回の佐藤工業株式会社、
それから後に出てくる宮地鉄工所という企業は成長株の代表選手だったようです。
成長時代の申し子といった存在だったのでしょう。

上の文章に出てくるように、お嬢さんが意識していようとしていまいと、
銘柄選びを間違えなければ、何もせずじっくりと山のように、動かざるところに
成長株で儲かる極意があるようです。
その銘柄選びですが、こればかりは、山のように定位置で物事を考えずに、
動いてみて、違った風景を見ることでヒントが出てくるようです。

昨年の12月から今年の上半期にかけて、
私用で、大阪と九州をしばしば往復しました。
新幹線から見る景色は、いつもながら、
何とトンネルが多いことかという想いでした。
これだけトンネルが多いと、だんだん疲れてきます。

初めて九州から大阪に来たのは、高校一年の修学旅行でした。
もう30数年前になります。
当時、吹田で万博が開催されていました。
アメリカのパビリオンは人気が高く、月の石が展示してありました。
当時のアメリカの大統領はニクソンさんでした。
IBMの展示館もあり、すごい人の行列でした。
待ち時間が長く、途中、並ぶのを諦めました。
それから、インドの人に、インド館はどこにあるのかと聞かれ、
自分としては話したつもりでしたが、相手はわかったような顔をしておらず、
がっかりしたことを覚えています。

その時の修学旅行では、九州と大阪の間に、まだ新幹線が開通しておらず、
夜行列車で車泊したものです。
中には、列車の通路に寝る人もいました。
修学旅行という貧乏旅行ですから、寝台列車とはいかないものでした。
私は純情な、また真実一路の高校生でしたから、座席で仮眠をとっていましたが、
睡眠不足でした。
その頃は、舟木和夫の「高校三年生」という歌が好きで、
時々、口ずさんでいましたが、もうこの世にはいない親父やお袋から、
人前で歌ったたら恥をかくから歌うなというアドバイスを受け
現在に至っています。

その修学旅行の列車からから見た風景は、トンネルは少なかったように思います。
夜行列車ということで、はっきりしないこともありましたが、
現在の山陽線からしても、事実だったのでしょう。
そのトンネルを作っている企業に、佐藤工業株式会社があるとは
知る由もありませんでした。
次回も続きます。

「7.新型の電気鉄板
現に理研ピストンは三十一件の特許権と、七件の実用新案権を所有しており、
その他外国では出願中のものを含めてアメリカ、ドイツ、フランス、
カナダ、ベルギー、スウェーデンなどに十一件持っている。
したがって、この研究所はさながら日本じゅうの一流金属材料関係の
技術センターのような観を呈している。

どうしてこういうことになったかというと、
それは真殿さんがもともと理研出身の金属専門家であり、ピストンリングは
たまたまそうした金属工学の一つの応用であるにすぎないからである。
したがって真殿さんの合金に対する着想が生かされ、
研究所では電気鉄板をはじめ、電熱材料、磁石鋼など世界的に優秀な発明が
次々と行われた。

たとえば、従来の電気鉄板が一方向性だったのに対して
二方向性のものをつくったし、電熱材料”バイロマックス”は鉄、クロム、
チタンの合金であるが在来の合金にくらべてクロム、アルミの含有量が
いちじるしく高く、しかも機械加工性がよく、
板、帯、線のいすれにも加工できるという長所を持っている。
磁石鋼も製造法は従来とまったく違い、性能がよいので
これを使えば発電装置はいちじるしく小型化されるという。

8.世界に独走する日本の技術
理研ピストンではこれらの合金を総称して『アルファ合金』
とよんでいるが、中央研究所の一番大きな特徴は、
優秀な研究員がたくさんいることよりも
巨大な設備を必要としないような革命製造方法がえらばれていることであろう。
見せてもらった研究所内の実験工場には、目を見はらせるような装置はなく、
こんな簡単な装置からアルファ合金が生まれてくることの方に
むしろ目を見はらされた。
『素晴しいアイデアを生んだ技術者はむろん偉いですが、
私はそのアイデアを認める先輩はもっと偉いと思います。
たとえば戦前に湯川博士の理論をいち早く認めた長岡半太郎先生は
偉大だったと思います。』
と真殿さんは言ったが、現在研究所において彼のおかれた立場は、
ちょうど長岡博士のそれに似ていると言っていいだろう。

9.日本は世界一
真殿さんは日本人の技術については非常に強気であり、
なかでも戦後世界一の成長力を持って伸びてきた鉄鋼業界の将来を
明るいものだと見ている。

鉄鋼業がマンモス化して、
投資対象としては第二の電力株となりつつある点を除けば、
私も日本の鉄鋼業の将来に嘱目するが、投資家の立場から言えば、
鉄鋼業そのものよりも、鉄鋼業者の拡張によってうるおう関連産業の方が
妙味が大であろう。
理研ピストンの面白さは、そうした関連産業の雄であるところにあると言ってよい。

そこで、当社の業績であるが、最近、数期の数字をあげると次のようになる。

 年月    売上高   利益  同率  配当
       百万円        %   %
34・3    八九九  六五  二五  一二
34・9  一、一六七  八二  三一  一二
35・3  一、三三八  八三  三一  一二
35・9  一、七一九 一三五  三三  一二

売上高はこの一年に五〇%も増加、利益金は七〇%も増加してきた。
しかし、資本金八億一千万円の会社としては多い売上高とは言えず、
利益率も高くない。
ただ今期からピストンリングの月産二百万本が三百万本目標で増産体制に入り、
可鍛鋳鉄も月産二百八十トンから三百トンに拡大されるので、
業績はいぜん順調にのびるはずだ。

また来年早々から熊谷工場内に磁石鋼の工場を建てることなっているし、
別に新規事業のために工場敷地の物色にもかかっている。
このためごく近い将来に半額増資にふみきる。

10.自動車産業との関係は
株価はそれをはやして、本年一月の半額増資後の百六十円台から
十一月一日には三百三円の高値がついた。
それがアメリカのドル防衛策のあおりをくらって株価の暴落にあい、
昨今は自動車関連産業として二百四十円に沈んでしまった。
現在の株価で権利をおとすと、株価は百七十円台になる。
一割二分配の会社としては、これでも三分四厘の利廻りしかなく、
利廻り採算から言えば、依然として高値にあると言えるかも知れない。
しかし、現在二百円台にある株のうちから
将来性のある夢多い会社をえらぼうとすると、
どうしても目が行ってしまう株の一つである。
この意味では、権利落ち後の二百円台は、いちおう考えられる線であるし、
人気がつけば、もっと上も考えられるから、先の高値を抜くことは十分予想される。

理研ピストンリングという社名は、ピストンリングだけを連想させるが、
現在の当社の売上げのなかでピストンリングの占める比率は約三分の一、
可鍛鋳鉄、強靭鋳鉄、ショープロセス、
その他のいわゆる鋳物が三分の二を占めている。
鋳物の中ではシリンダーブロックやシリンダライナーのような自動車部品が、
依然として大部分を占めている。
しかし、自動車部品だけでなく、今後は鉄鋼業、電気材料と、
日本の基幹産業に広くまたがる事業内容へと転換してゆく体制にある。
したがって増資のスピードは倍々とはいかないが、
おそらく着実に毎年半額増資をくりかえすことになろう。
またそうならなければ、夢ばかり多くて、
実行力のない文学青年みたいなことになる。

こんにち自動車業界は悲観材料が出て、大きくさげているが、
たとえばトヨタ自動車は日本産業界、
わけても中部産業界の一つの指標のようなものであって
もはや単なる一自動車メーカーではないのである。
この点が認識しなおされれば、ウソのようにふたたび人気をもりかえすだろう。
悪目悪目と買って行くのが株を買う一つの行き方であるとすれば、
下値に売り物のうすい理研ピストンは妙味があるのではなかろうか。」

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企業にとっては、特許で防衛するのはごく普通のことです。
例えば、医薬品をとっても、先に特許で身を固められると
特許の有効期限の20年が切れるまで後塵を拝することになります。
特許が切れた後はジェネリック薬で製造することになりますが、
旨味はそんなにありません。
消費者はそれでも従来に比べると、安価に入手出来るメリットはありますが。

一方で特許の出願数は、国際競争力のバロメーターにもなっています。
ここで特許庁への特許出願件数を見てみます。
8/10の日経新聞からの情報です。

    単位:件、カッコ内は増減率、%、▲は減

     2006年   2007年
米国 425,967  390,733
    (9.0)    (9.5)
日本 408,674  427,078
    (▲4.3)   (0.9)
中国 210,000  173,327
    (21.2)   (32.9)
韓国 163,000  160,921
    (1.3)    (14.8)
欧州 137,000  128,713
    (6.4)    (4.1)
世界計   ー   1,660,000
     (ー)    (7.0)

約40年ぶりにアメリカが日本を抜いたそうである。
米国が早く出願した企業や個人に特許を与える「先願主義」に
転換する方針を先取りしたそうであるが、
それにしても中国の台頭が著しくなっています。
日本もうかうかしておれませんね。

これ以外に技術貿易も国力の指標だと考えられますが、
1993年から技術輸出が輸入を超えるようになっているそうです。
いずれにしても、日本国内で、少なりといえども生産を継続する必要があります。
せめて、中核となる開発品は、まず日本で設計・製作して、
海外に移管していくという方策を取らないと、日本に技術が
蓄積されないかも知れません。

さて理研ピストンリングの話です。
ホームページを見ると、資本金が現在、約85億74百万円。
当時の8億10百万円からすると約11倍になっています。
一人当たりの売上は、2007年3月末で、約59百万円。
売上高は912億72百万円。
資本金はそんなに大きくなっていません。

この企業の特色としては、堅実さだと考えられます。
顧客として自動車メーカー、部品メーカー、陸舶メーカー、継手・配管部品メーカー、
熱エンジニア・国際プラントメーカーを抱えており、
信頼されるメーカーということだと思われます。
愚直に取組むメーカーがあってこそ、日本の工業は成立っています。
実力のある部品メーカーがないと、立派な企画も、商品も存在しません。
次回はあの佐藤工業株式会社です。

「4.理研一家の雄
柏崎のような北国の小さな町に、どうしてこんな大きな工場が建ったのだろうか。
案内役の総務部長さんの説明によると、
『シリンダ内壁に対し均一な圧力をおよぼすピストンリングの製造法』は、
大正十五年、理化学研究所の海老原敬吉博士によって発明され、
日、英、米、独、仏、スイスなどの特許を得たものだそうである。

昭和七年に柏崎にこの工場を建てたのは、労賃の安いところが選ばれたためで、
だいたい、北国にある工場はいずれも、材料面よりも、
労働力と電力が工場の立地条件とされているようである。
そのころは理化学興業と呼ばれ、ついで理研ピストンリング、
理研重工業となり、実に理研系の機械鋳造諸会社が合併して理研工業となった。
戦後、この理研工業がふたたびバラバラに解体され、昭和二十五年に
やっと今日のような理研ピストンリング工業ができあがったのである。

そもそものはじまりが理化学研究所から出発しているだけに、
社名にはいつも理研を冠し、現在でも柏崎工場のなかには
かっての理研所長大河内正敏博士の胸像が立っている。

5.技術革新の影響は?
日本におけるピストンリング産業は、さきにもふれた日本ピストンリングと
当社が天下を二分している。
したがって車輛産業の成長によって需要もうなぎのぼりにのぼっており
納入先もトヨタ、日産、いすず、東洋工業、ダイハツ、本田技研、ヤマハ、
東発、などのすべての車輛メーカーにおよんでいる。

この意味ではピストンリングは消耗品であるだけに、
依然として成長産業であるが、しかし、それだけでは、
日本ピストンなみの成長力と見るべきものであろう。
さらにもっと先を考えるならば、ロータリー・エンジンのように
ピストンリングを不要とするエンジンが普及する時代がくるかもしれないから、
それが五年先か十年先かわからないが
ピストンリング自体が斜陽化する時代がくることも考えられる。

経営者としては、一方において急速に増大する需要に応じながら、
他方においてその需要が下火になった時代にも備えなければならないという
むずかしい立場にある。
これはなにもピストンリングにかぎったことではないが、
技術革新時代のむずかしさは、それが急速なスピードでやってくることであろう。
『おひまがあったら、熊谷工場の方をごらんになってください。
理研ピストンの震源地は向うの方ですから』
と私は柏崎で言われた。

6.技術者という素敵な鉱脈
東京にかえってきてから、
私は理研ピストンについて詳しい人からいろいろな話をきいた。
その結果わかったことは、
理研ピストンの新しい動きはすべて熊谷にある中央研究所の所長でもあり
常務でもある真殿統氏のアイデアにもとづくものらしいということであった。
真殿さんはちょうど欧米視察中だったので、
その帰朝を待って私は熊谷工場へ出かけて行った。

熊谷工場にある中央研究所は、実際に稼働している古い工場と
くらべものにならないくらい立派な新築の建物であった。
この建物が資本金八億一千万円の理研ピストンと
いささか身分不相応なほど立派なら、
この研究所のスケールも建物に象徴されているとおりだ。
『この程度の会社で、ここくらい思い切って金のつかえる研究所は
ほかにないでしょうね』
と真殿さんは言った。

しかし、そういう気ままな研究費が計上できるのも、
過去においてこの研究所が多くの実績をあげており、
現にそれが会社の業績に寄与しているからにほかならない。
『技術というものは極端な言いかたをすれば、ただ儲けですからね』

ただという意味は研究費が要らないという意味ではなくて、
企業化をほかの会社にやらせれば、
一文の資本もかからずに収益をあげることができるということである。」

工場をどこに建てるかというのは、経営資源の重要な配分につながるので
経営の最重要決定事項でもあり、おろそかに出来ないものです。
経営者の土地勘にも左右されるものですが、
何を製作しているかによっても、
どこに建設したらいいのか変わってくると考えられます。
例えば、半導体のシリコンウエハーなら完成品を飛行機でも輸送しても、
採算が取れるので、それこそ九州でもいいでしょうが、
重量物だと港から比較的近い所に白羽の矢が立つのも頷かれます。

数年前に中国投資考察団で銀川を訪れたことがありました。
ここには、日本から工作機械のヤマザキマザックが進出していました。
鋳物品は以前にここの中国メーカーと提携していたので、
銀川に決まったようでした。
工場の中は、これから増設中の建屋もあり、その一部始終を垣間見ました。
設備機器は信頼性があるということで、日本製を導入していました。
また費用が見積り以上にかかっていると頭を掻いていました。

そのヤマザキマザックの工場ですが、天津で日本から陸揚げした部品が
銀川に到着するのに5日かかるという話を聞いて、
びっくりしたことがあります。
よくも銀川という内陸地方に、工場を建てたなという感心と
物流費を計算した上での決断だったのでしょうが、
それほどまでに中国への意気込みと期待を寄せていることが感じられました。

いまや日本国内での売上が約20%という企業もあるのですから、
これからますます、海外へ、そして中国へと加速するだろうし、
すでに先鞭をつけている企業は、上海、北京、深セン及び周辺といった
沿海を拠点にして、全国展開に拍車がかかることが考えられます。
特に付加価値のある軽薄短小の製品を作っている企業は、
内陸へも飛行機で輸送出来るので障害物な無い様に思われます。
面白い時代になったなあというのが実感です。

こうなると日本国内から供給する主要部品、補給部品、修理部品等は
出荷までの時間短縮が切実なものとなります。
6/1付けの日経によると、ヤマザキマザックの修理部品の場合は、
部品の仕分けを自動化して、八割の部品を
受注から三時間以内に発送するそうです。

さて「リケン」ですが、進取性に富む企業のようで、
経営の守りと攻めを使い分けているといった印象を持っています。
収入柱であるピストンリングを中心に、
継続的に事業を営みながら、一方で中央研究所でアイデアを出しながら、
次の新技術を生み出すといったなかなか味のある戦略を取っていたようです。
愚直に物事に取組んで行く中で、思わずアイデアが見つかるというのが
真相かも知れません。

自動車の燃料にしても、各社が研究にしのぎを削っていますが、
これとて瓢箪から駒が出てくることは十分考えられることです。
またバイオしかり。
結果ばかりではなく、プロセスも大事だという考えを持っています。
次回も続きます。

金属関係の技術センター ~理研ピストンリング工業株式会社~

「今や自動車ラッシュ時代。
自動車がふえれば、エンジンの需要が増し、
それにもましてピストン・リングの生産はふえる一方。
理研ピストンリング株式会社は好調の波の下に
”新しい波”を育てているというが。

1.旅行けば会社拝見……
私が理研ピストンリング工業の柏崎工場を見学に行ったのは
ことしの十月はじめ、読売新聞社主催の講演会で北陸地方をまわった時であった。

私は講演旅行に出かけた時は大抵その土地の大きな工場を見に行く。
産業が発達しておれば生活にゆとりができるし、
人々のものの考え方も実際的になる。
たとえば織物のように製品そのものが
投機の対象になる産業に従事している地方では、どうしても人間が投機的になり、
株の買い方一つ見ても信用買いが多く、回転もはげしい。
また小さな町に大きな工場があったりすると、
下請工場が三十軒も四十軒も出来、従業員の給料その他の形でも
町に金が流れるので市の中心は市役所ではなくて工場だという現象が現れる。

2.他社に技術を輸出
そういういろいろなことを具体的に知りたいので、金沢に行けば、小松製作所、
富山では不二越鋼材、直江津では信越化学、新潟では日本瓦斯化学、
といった具合に工場見学に出かける。

理研ピストンリングの場合もそうした工場見学の道順にあったわけだが、
以前から特別の興味を持っていたので、
上野駅で新聞社の人にあった時すぐに理研ピストンに行きたいと言うと
「そうだろうと思って、実はもう連絡をとってあるんですよ」
と逆に言われてしまった。

私が理研ピストンに興味を抱いた理由は、第一にピストンリングのくせに
理研ピストンの株価が同業メーカーである日本ピストンリングにくらべて
異常に高いこと(配当は同じ一割二分でありながら八十円上ザヤにある)、
その理由は何ぞやということ。

第二に理研ピストンが特許権をかなり所有していて
それを他の事業会社に分権していること。
たとえば理研ピストンはショープロセスという精密鋳造技術を千八百万円で
イギリスから買ったが、自分のところで使用しているほか東洋工業、
芝浦機械、トヨタ自動車、久保田鉄工、芝浦工機、東京鋳造、日特鋼、
三菱鋼材など十数社の事業会社に分権しており、
ごく短期間にモトデをとりかえしたばかりでなく、
いまやわずかながら収益に寄与し始めていること。

第三に自社で発明した技術を他社に工業化させているが、
規模が大きいこと。
たとえば当社の技術にもとづいて富士鉄が建設に乗出した電気鉄板の生産設備も
百億円を突破するものだ。

3.注目される熊谷中央研究所
株価の異常高はむろん、第二、第三の理由に刺戟されたものであるが、
このことは理研ピストンリングが、
もはやその社名にふさわしくない内容を持った会社になりつつあることを意味する。
もし、そうだとすれば、いったいその方向はどういう方向なのか。
経営者たちは何を考え、何を目指しているのか。
私はそれらのことを知りたかったのである。

しかし、私は案外吞気なところもあって、東京でよく理研ピストンリングの
本社の前を通るが、熊谷と柏崎の二つの工場のうち、
どちらで何がつくられているのか、まったく知らなかった。
柏崎工場へ行って見て、ここではピストンリングと可鍛鋳鉄がつくられていて、
私の知りたがっている「株価を化けさせる材料」は
熊谷へ行かなければ駄目だということを教えられた。

だがピストンリングの生産も、
自動車や軽自動車の異常な伸長によって繁忙をきわめ、
柏崎工場内には一億一千万円を投じたリングのオートメ工場が完成途上にあった。
来年二月にこの工場が稼働しはじめると、
ピストンリングの生産量は四割かた増加することになっている。」

今回から、自動車に使われているピストンリングの製造メーカーである
「理研ピストンリング工業株式会社」が登場します。
先般の新潟県中越沖地震でこの企業も被害を受け、国内の主要メーカーである
トヨタ、ホンダ、日産の各社が生産停止に追い込まれたのは
まだ記憶に新しいものでした。
一方で、「リケン」の生産立上りは意外と速いものでした。
自動車会社も応援人員を送り、素早い行動でした。
日経新聞によると、トヨタ自動車は生産が遅れた約6万台は
11月までに解消するだろうと報じていました。

ここで世界の自動車大手の動向ですが、
アメリカ市場での米国企業の国内シェアは50%を切ってしまい、
日系のシェアは約40%になっています。
ここまで来ると、もう先が見えるようです。
日本の自動車会社は、国内で激甚な競争にさらされ、
また消費者の目が厳しいですから、一日たりとも、うかうかしておられません。
また弛まない努力をしてきたから、技術力はピカ一です。

日経によると、自動車大手の4‐6月期の業績は次の様になっています。

    (百万台)   (億円)    (億円)  1ドル=119円
     販売台数   売上高     純利益  日本車の台数は連結ベース
トヨタ  216  65,226  4,915
ホンダ   94  29,311  1,661
日 産   80  24,465    923
G M  240  55,700  1,060
フォード 177  52,600    900

トヨタとGMを比較すると、利益の差は歴然としています。
利益率はトヨタが約7.5%。GMが1.9%。
為替差益が一千億円あるそうですが、
販売単価の高い車種の構成が高まったようで、
レクサスの最高位モデル「LS600H」は販売価格が一千万円前後だそうです。
一方、ドイツ車は台数では、日本車の後塵を拝していますが、
すぐれた技術力を持っています。
日本車と高級車のドイツ車が
名実共に世界の二大勢力だと言っても過言ではないと思います。

7月のモンゴル・中国考察団で常茂生化を見学しましたが、
その中で、まだ外国語大学を卒業したばかりの日本語の達者な青年は
一ヶ月の給料が2万円だと言っていました。
車がほしくて、彼はそれもドイツ車を望んでいるのですが、
約500万と高く、手が出せないと言っていました。
韓国の車は安いけれども、故障が多いと言って敬遠していました。

その車ですが、トヨタがこれだけ原価低減しても、
4‐6月期の純利益率が7.5%ですから
海の向こうの中国の製薬・医療メーカーには、やっぱり
かなわないなというのが実感です。
さて、国内の大手自動車メーカーのエンジンに使われているピストンリングの
メーカーである「理研ピストンリング工業株式会社」ですが、
地味な存在です。
されど屋台を支えていることは間違いありません。
日本の工業力の強みは、こういった実力のある部品メーカーによることが大です。
それこそ地震等の災害が発生すると、供給がストップしてしまうほど
共存共栄、一衣帯水の関係になっています。
「理研ピストンリング工業株式会社」はどんな特色を持ったメーカーなのでしょうか。
次回も続きます。

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